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映画『LIBERTY DANCE』
城所岩生原案の、映画『LIBERTY DANCE』が公開!
『LIBERTY DANCE』は、日本の厳しい著作権法について、多くの方々に知ってもらいたい、という想いから生まれた映画です。
青春時代をダンスにささげた女子高生たちが、「著作権」という法の壁にはばまれて、
自分たちの好きな楽曲でのダンスを披露することができなくなるところから、物語は始まります。
著作権管理団体には、著作権者に使用料を分配するだけでなく、音楽等の文化発展に寄与することが求められています。
しかし近年は、著作権料の徴収ばかりに精を出し、文化の発展をむしろさまたげているのではないか、と疑われています。
『ラブひな』『魔法先生ネギま!』などで有名な漫画家/参議院議員である、赤松健氏も「すそ野が広がるほど、その業界の山は高くなる(質が良くなる)」とおっしゃっています。
ところが最近の著作権管理団体は、その逆のことばかりしているように思えます。
本作は“音楽”が主題となった映画ですが、著作権法は音楽だけでなく、小説、漫画、映画、研究論文、ITシステムなどさまざまな分野に大きな影響を与えています。
「著作権法」というと、難しそうなイメージがあるかもしれませんが、
この映画は、主人公たちと同年代の若者でも、日本の著作権の現状が分かるよう作られています。
現在は、Amazon Prime Videoにて観ることができます。ぜひ、ダンス好きの若者たちの青春の一ページをお楽しみください!

人生の軌跡
城所岩生の生い立ちから現在までの歩みをご紹介します。

幼少期
1941年 - 東京都生まれ
1941年、東京都生まれ。
家族は父、母、妹2人の4人家族。
子どもの頃は、ゴムまりの野球が好きな活発な少年でした。
思い出
中学3年生からは、3人の新しい先生が入って指導してくれたため、サッカーに夢中に。
ポジションは、センターフォワードでした。

大学時代
東京大学への道
高校時代はあまり勉強はせず、古文が苦手で浪人生活に。
苦手な古文を克服するため、『源氏物語』を一生懸命、暗誦できるまで読み込み、東京大学に合格!
学生生活
東大進学後は、外交官にあこがれるも、難しそうで断念。
大学時代は、貧乏旅行が好きで、四国以外は周遊券を使ってすべて制覇。
夜行列車に乗って、床で寝ていたことも、今となってはいい思い出です。

社会人
NTTからグローバルな活躍
1965年、日本電信電話公社(現在のNTT)に入社。
会社員時代、英検1級を取得したこともあり、海外要員に。タイやアメリカに駐在しました。
キャリア
アメリカ駐在時、ロースクールに通い、弁護士資格を取得。通信法専門の弁護士に。
その後、約30年間お世話になったNTTを退職するも、NTTアメリカの顧問弁護士になりました。
2004年まで、顧問弁護士を務めました。

現在
著作権運用の問題を伝える言論活動を行う
2004年に法科大学院で教えるために帰国してからは著作権法を研究し続け、書籍の発表や講演を続けて今に至ります。なかでも、音楽教室での著作権料徴収問題には強い関心を持ち、子どもたちの学びを守りたいと活動してきました。
JASRACが「レッスンで使用される楽曲にも著作権料が必要」と主張したときには、多くの音楽関係者と共に声を上げ、音楽教育の自由を守る必要性を伝えてきました。そして2025年2月、ついに音楽教室側に有利な形で決着。JASRACが優位とされたこれまでの流れをユーザー側が逆転できたことに、少しでも力になれたのなら本当に嬉しく思います。
またこれらの活動は、2025年9月公開の映画制作にも繋がりました。作品を通して問題意識が拡散されていくことはもちろん、同じ志を持つ方々と新たに交流を持てたら、こんなに嬉しいことはありません。
著作権法・フェアユースとの出会い
日本の文化やIT技術の発展に欠かせない「フェアユース」
著作権法に大きな関心を示すきっかけとなったのが「リバース・エンジニアリング」をめぐる訴訟です。
リバース・エンジニアリングとは、他社の製品を解析し、そこから技術を習得する方法。
セガや任天堂が、ライセンスなしで勝手に互換機を発売していた会社をそれぞれ訴え、裁判となりましたが、そこで被告側が取り上げた理論が「フェアユース」でした。
フェアユースとは、利用目的が公正(フェア)であれば、著作者の許可なしで著作物を利用できる規定のこと。
この規定の導入こそが、私は日本の文化やIT技術の発展には欠かせないと信じています。














